初めての肺気胸

初めての肺気胸と一週間の入院

初めての肺気胸は中学3年の春でした。

新聞配達をしていた私は、
早朝5時に目覚ましをセットしていたものの
それよりも30分早く目が覚めました。

しかも、なぜかうつ伏せの状態。

この時すでに体が違和感を訴えていたことを
当時の私は気づけませんでした。

目覚めてすぐに息苦しさを感じたものの
新聞配達を休むことができなかったので
我慢しながら自転車に乗り
新聞を配り終えて帰ってきました。

その間中も痛みは有ったものの
それが肺から来るものではなく、
寝冷えを起こして腹痛が起こっていると思い込んでいました。

今まであまり感じたことのないような痛みだったので、
病院に行った方が良いかなとも思ったんですが、
当時は無駄に我慢強い方だったので
そのまま学校にとりあえず行く事にしたのです。

学校に行くとすぐにクラスメートが
「顔色悪いけど大丈夫?」というくらい
見るからに体調が悪かったようですが、
それでも「大丈夫!」と言い、一日やり過ごしました。

大丈夫と言ってはみたものの
色もあまり食べられるような状態ではありませんでした。

苦しい状態のまま帰宅した途端、
気が緩んだからかに目まいに襲われ
横になったまま動けなくなってしまいました。

ついに、親に助けを求め
そのまま近くの診療所へ行くことになりました。

既に診療時間を超えていましたが
事情を伝えていた為先生がすぐに診察してくれて
そのときに初めて肺気胸だということがわかったのです。

「一日我慢するなんて相当無理したねぇ・・・」
なんて言われたくらいにして、
すぐに大きな病院を紹介してもらい
そのまま入院する形となりました。

私の右肺は完全に虚脱した状態にあり
あと半日程度処置が遅れていたら
その状態で肺が固まってしまい戻すのが困難になっていたかもしれないと言われたものです。

紹介状をもらい診療所を出てから
一度着替えなどを準備して
すぐに紹介状の病院へ。

到着した時刻は、午後9時過ぎ。
電話で連絡も伝わっていたので当直医が来て
すぐに集中治療室(ICU)へ運ばれて処置が始まりました。

外はもう夜なのに
眩しいくらいに明るい照明のICUの中で
ベットの上で数人の医者に囲まれ
肋骨に局部麻酔をかけられた後にメスで切れ目を入れられ、
胸腔ドレナージの管を入れられて固定。

処置時間は30分にも満たなかったと思います。

入れられた管は直径1センチ程度だったと思いますが、
この管の先端が胸腔内で接触し
体を動かしたりくしゃみする時には結構痛みが走ります。

その日は、
自分がICUの中に初めて来ているという緊張感で
あまり寝ることができませんでした。

それでも、管に繋がれた状態で何もできなかったので、
目を閉じたまま数時間。

1分経つのが本当に長かった気がします。

朝になるとようやく安心したからか急に空腹に襲われ、
そんな状況を察知してくれた看護師(当時は看護婦)さんが、
「もうすぐ朝食がくるからね」と言ってくれました。

ですが、運ばれて来た朝食がクロワッサン2個だけ・・・。
さらに空腹が悪化・・・。笑

その後、一度帰宅して再び親が来てくれ
病棟へと移動することになりました。

そこは6人部屋で、
私以外は、ご年配の患者さんばかりでした。

入院中は特に変わったことはなかったものの、
トイレに行くたびにナースコールをしなければいけないということが、
まだ14歳の多感な時期には、結構恥ずかしかったので
ぎりぎりまで我慢していた記憶があります。

また、発病当時はほぼ一日何も食べていない事と
翌日はクロワッサンだけという状況。
更に、入院中の食事量が少なかったということで、
何もしていないのに気が付いたら4キロも減量できていました。

肺気胸ダイエット・・・。
したくないダイエットNo1です・・・。

肺の調子はというと、
5日目が経過したときにレントゲンで肺の状態を確認すると、
問題なく元に戻っていたのでそれを確認してドレンを抜きました。

管に繋がれ、退屈でとても長く感じた5日間ともお別れです。

そんな開放的な気分だったものの、
ここでもう一度苦しみを味わうことになりました。
それが管を抜いた後の傷口の処置です。

スキンステープラーという業務用ホッチキスで
パチンパチンと傷口を方をしていきます。
これが、脇の下の神経の多い部分ということもあり、
一瞬でもかなり痛みを感じました。

こうして1度目の肺気胸は、
胸腔内に溜まった空気を抜く事で
ひとまず肺を回復させるという処置で終わりました。